ad

コナコーヒーの歴史 その1

   2014/08/26

コナコーヒーの歴史

ハワイ島のコナにどうやって、コーヒーが伝えられたのか、コーヒーの木がどこから来たのか。そしてその栽培を支える日系人などをまとめてみました。

コーヒーのハワイ上陸

 

1825年にハワイに初めてコーヒーの木が植えられました。

その年は、ロンドン歴訪中のカメハメハ2世とその王妃カママルが、麻痺のため帰らぬ人になってしまいました。その彼らの遺体を乗せた英国艦ブロンド号がハワイに帰る途中、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロに寄りました。

その際に、同乗していたオアフ島の統治者ボギがブラジル・コーヒーをホノルルに持ち帰ったのがハワイのコーヒーの始まりといわれています。

オアフ島では白人の手によって農園作りが試みられましたが、成功しませんでした。

その後1828年、あるキリスト教宣教師がオアフ島の農園からハワイ島のコナに、コーヒーの木を観賞用に持ち帰ったところ、その木は瞬く間に成長し、数年後にはコナ一帯はコーヒーの木だらけになったと言います。

サトウキビ最盛期の時代

このころ、メインランドからハワイに渡ってきた実業家が、カウアイ島のコロアでもコーヒー農園を初めて、一時はコーヒーでハワイの各島で一儲けしようとした実業家が多かったですが、結局どの農園も成功することは出来ずに、1860年代、までにはハワイ島のコナとハマクアの一部を除いて、ほとんどがサトウキビ農園に変更しました。

この時代のサトウキビ産業はハワイの経済成長に大きく貢献し、ハワイ各島に数えきれないほどプランテーションを産みました。

コナの農家としても、できれば儲かるサトウキビを、という思いもありましたが、土壌や気候がサトウキビに適さず、それまで入植していたポルトガル人や中国人農家は次々と新しい土地へと移動していきました。

そして、そんなコナに残ったのが、辛抱強い日系人移民たちでありました。

日系人が支えたコーヒー産業

そして幸運だったのが、コーヒー産業が、それまでは農園主が人を雇い、大プランテーションを経営するシステムが崩れ、地主が個人農家に土地と家を貸し、生産したコーヒー豆を納めてもらう方法を取りだしました。

借り物とはいえ、小さいながらも自分の農園で働けるとあって、島の反対側にあるヒロ近辺のサトウキビ農場から逃げてくる日本人移民の数も多かったそうです。

そんなわけで、1910年ころには日本人農家が作るコーヒーは、コナの全生産量の8割を占めるまでに成長しました。

カイルア・コナから山側を南へ走る180号線沿いには、日本人農家だけでなく、アベ・ホテルやキムラ・ストアなど日本人経営のホテルやよろずやが繁盛し、ちょっとした日本人町の様相でした。

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

関連記事-こちらもどうぞ

この記事へのコメントはこちら

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。
また、* が付いている欄は必須項目となりますので、必ずご記入をお願いします。

内容に問題なければ、下記の「コメント送信」ボタンを押してください。